奇蹟の体験者たち

神霊教で奇蹟を体験した方々を紹介するBlog

神霊教との出合いで運命好転 その4

平成20年に「事業繁栄」で入信
 平成20年7月9日、午後3時すぎに、私は神霊教の本部正面入り口を入らせていただきました。
 その瞬間、今までの胸の嫌なざわつきは消え、何かに守っていただいているような、とても心落ち着く思いがしたことを今も鮮明に覚えています。
 もう何も、迷いや疑問はありませんでした。その日のうちに「どうしても」とご無理をお願いし、入信のお許しを頂きました。
 祈願事項は「事業繁栄」とお願いし、教会の方に付き添っていただいて、初めて2階の会堂で御神語奉唱をさせていただきました。
 初めて目にする教会の内部や教会の方、そして信者の皆さんのお顔。すべてに全く違和感はなく、とても心は穏やかで、やっと伺うべき所に伺うことができたという達成感でいっぱいでした。
 その日から、教母様の御言葉通り「心の錆を落とし、御神光を受信する心のアンテナを磨くこと」を第一と考え、日参をさせていただきました。
 そして、入信をお許しいただきましてから今日まで、数々のお陰を賜り、御救済を頂きました。続きを読む

神霊教との出合いで運命好転 その3

広告会社を友人とともに起業する
 なぜ、あのとき、もう一度青葉台教会に伺わなかったのか。そして、今まで信者でもない私が賜った数々のお陰に対して、もっと早く御礼を申し上げなかったのか。そのことだけが、今も悔やまれてなりません。
 日々、御守護を賜り、私は昭和60年4月に大学時代の専攻を生かし、希望の職種でした広告会社の営業職に就くことができました。以来、24年間広告の営業をしています。
 そして、6年前の平成15年7月に、当時勤めていた会社の同僚とともに独立し、小さな広告会社を起業しました。
 今ほどではないにしても、当時の景気も決して良くはなく、社会情勢厳しい中、それでも何とか会社経営を行っていました。
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神霊教との出合いで運命好転 その2

 なぜ、キリスト教教育の一環であった「お祈り」が、神霊教信者の先生との出会いによって、教祖様への御神語奉唱に変わったのか。それは、幼い心の中でも確信できた、本当の神の存在に対する「感謝」と「畏れ」によって形づくられる「信仰の心」であったと思います。
 実は中学入学の数年前、母が病で倒れる出来事がありました。
 そのときは幸い大事に至らず、母は元気になりましたが、病床に医者が駆け付け、親戚や知人が神妙な顔をしていた、その情景は幼い日の私の脳裏に鮮明に焼き付きました。
 そのことを思い出すたび、仮に中学入学後、キリスト教を私の中で受け入れたとしても、もしも、もう一度、母や身内が倒れ、キリスト教で救われなかったとき、本当に救ってくれる宗教が実在すれば、私は躊躇なくその宗教を信じるであろうという思いがありました。
 そのために、キリスト教に本気で向き合うことにはならなかったのだと思います。しかし、神霊教は違っていたのです。続きを読む

神霊教との出合いで運命好転 その1

suzuki 私と神霊教との出会いは、今から35年ほど前に遡る昭和49年の初夏のころでした。
 当時、私は中学に進学したばかりで、新しく始まった英語の勉強を教えてくれる塾を探していました。
 そのとき、近所に住む同級生のお姉さんの紹介で、小人数で英語を教える先生がいることを知りました。
 その塾で出会ったのが、神霊教の信者である英語の先生でした。
 その先生からは、その後、2年ほど英語を教わっていたように記憶しています。しかしその間、特に「布教」のようなことを受けた記憶はありません。
 エスカレーター式の私立学校に通っていた私は、中学3年生に近づき、クラブ活動が忙しくなり、英語教室をやめることになりました。続きを読む
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