奇蹟の体験者たち

神霊教で奇蹟を体験した方々を紹介するBlog

金門戦争で台湾を大勝利に導いた日本人

 先日放送されたドキュメンタリー番組で、昭和24年頃の日本人軍事顧問団関係者の家族らが台湾を訪問し、「古寧頭戦没60周年記念式典」および「戦没者慰霊祭」などに出席した内容が紹介されていた。
  ◎     ◎
 昨年の10月23日は、1949(昭和24)年の10月23日に金門島の古寧頭一帯に夜襲をかけた毛沢東の中国共産党軍を国民党軍が迎撃し、大勝利を収めた金門戦争(古寧頭戦役)から60年目に当たる記念日であった。
 太平洋戦争の末期、当時、蒙古軍司令官だった根本博・陸軍中将は、終戦を迎えた後も武装解除命令にそむき、あらゆる手を尽くしてソ連軍と戦い、その結果、内蒙古在住の日本人居留民4万人は、ほとんど無傷で日本に帰国することができた。
 このとき協力したのが国民党の蒋介石だったといわれている。
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キキョウの花

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あきる野に咲くキキョウ

日本再発見 第10回 ロスから日系社会を見る

住む場所で変わる気質も
タイ・バンコクではのんびり
 日本人は、勤勉である。日本人は、真面目で、神経質である。人には優しい、というか、お人よしなところがある。これが、多くの外国人から見た日本人の評価であるような気がする。
 ところが、日本人は住む場所によって、その雰囲気も変わってしまうようだ。
 以前、タイ・バンコクに住んでいたとき、ここの日本人は、とても「のんびり」としているように感じた。
 ところが、アメリカ、ロサンゼルスの日系スーパーに勤務しはじめたとき、ここの日本人は、よく動くなあ、と思ったのだが、これはバンコクとの比較で考えていたからだろうか。
 今でも、忘れもしないことなのだが、バンコクに行って、半年ばかりたったときの大晦日に、アメリカ西海岸から転勤してきたという日本人ビジネスマンと話をする機会があった。
 そのときの彼のタイ人に対する辛口評価は、聞いているこっちも閉口したくらいだった。
 しかし、数カ月もすると、私の勤務するスーパーに買物に来るそのビジネスマンは、どんどん穏かな雰囲気に変わっていった、というようなことがあった。
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多摩川の源流を訪ねて

多摩川源流 雄大な河川として海に流れ込む多摩川。その多摩川も源流をさかのぼると最初の水の一滴がある。それを見たくて山梨県塩山市の笠取山まで登ってきた。
 沢が山の斜面を登り詰め水が枯れてなくなる場所のことを「水干(みずひ)」という。まさに多摩川の始まりの一滴を訪ねる旅である。
 都内から車で高速道路を使って2時間、青梅線終点の奥多摩駅を過ぎ、小河内ダムが見えてくる。さらに1時間半かけて、その奥多摩湖を左に見ながら上流に向かって登り口の作場平橋に到着。
 その時点で標高1310メートル、周囲は木々で覆われている。笠取山の頂上までは、そこから約3時間歩く。途中、透きとおった沢のせせらぎに心が癒される。
 途中の尾根で休憩、そこが富士川、荒川、多摩川の分水嶺(川の流れを分ける山の峰)である。見晴らしの良いその地点からそれぞれ水が流れ、川になって行くと思うと自然の雄大さを感じる。続きを読む
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