奇蹟の体験者たち

神霊教で奇蹟を体験した方々を紹介するBlog

頭部隆起で感性豊かに

fujimoto私は、36年前の入信以来、頭部隆起のお陰を何度も頂いてきました。さらに昨年10月に開催された神霊教開教60周年記念イベントの準備のための会議に参加した翌日や、展示物の制作の後などにも、頭部隆起を体験させていただきました。また、その後、イベントが終わった翌日より、一週間ほどの間に、前頭部、左右側頭部、頭頂部、後頭部を隆起させていただきました。これだけいろいろな所を一度に出させていただいたのは、今回が初めてです。 これにより、感性が大きく変わりました。例えば、木を見ましても、一本の枝、一枚一枚の葉それぞれに光のあたり具合による色の濃淡、色調の違いなど、豊かな色彩の変化の世界があり、何げない景色や道行く人々、路端の石ころにいたるまで、絵になる要素をもつ活き活きと魅力あるものに見えるようになりました。頭部隆起のお陰により、日々何を見てもとても豊かに、楽しく感じて暮らせますことを、感謝申し上げております。(東京都 藤本佐保子)


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江戸しぐさ 第2回 三脱の教え

初めて会った人に年齢、職業、地位は聞かない
今回は新しい出会いにちなんだしぐさをご紹介したいと思います。
現代に生きる私たちは、初めて人に会ったとき、その人の何を見るでしょうか。それは、もちろん人それぞれ違うと思いますが、案外多いと思われるのが、その人の「ひととなり」すなわち人間性を見るのではなく、その人の持っている地位や職業などでその人を見てしまうということです。

地位や職業というのはその人自身ではなくその人の持っている「付属品」です。付属品は必要といえば必要ですが、何よりも大切なのは「本体」です。その人自身が素晴らしい人間であって初めてその人の付属品も評価されるべきではないでしょうか。

江戸しぐさには「三脱の教え」というものがあります。江戸の人々は、初めて人に会った時、その人の年齢・職業・地位を聞くことはありませんでした。なぜなら、それらのことを聞くことによってその人に対する先入観が生まれてしまうからです。
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不登校から立ち直り、無事高校を卒業

私は生まれてすぐに神霊教に御縁を頂いたものの、成長しても、信仰には無関心でした。
中学校ではいじめに遭い、また問題を起こすなどして学校が嫌いになり、両親ともうまくいかず、高校へ進学してからも人に裏切られて学校も辞めてしまい、人間不信になってしまいました。
自分の本心を話せる人は誰一人おらず、自分の生まれ育った場所が嫌になり、自分のことを誰も知らない場所でゼロからやり直そうと思いました。

学校を選ぶにあたり、県立や私立、定時制などいろいろ考えていましたが、母が電話で問い合わせをしたときに、自分の状況に対して「それはつらかったでしょう」と親身に対応してくれた、新潟にある通信サポート校へ通うことに決めました。
そして16歳のときに実家を離れ、新潟で一人暮らしをしながら2年間この学校へ通うことにしたのです。
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ならぬ事はならぬ

過日、会津若松城へ行ってきた。その際会津藩の教育、特に幼年教育「什の掟」についての映像が流れていた。会津藩では藩政の改革その中心として「教育の振興」をあげた。

会津武士(上士)の子は6歳になると居住地域ごとに「什」という子供たちの組織(遊びの仲間)に振り分けられた。この什には身分差別は全くなくどんな優秀嫡子坊ちゃんから、無職浪人の末息まで同じ待遇で扱われた。

その「什」が何をするかというと単なる「遊び友達」なのである。子供たちは毎日、当番の家に集まり、年長者の什長の指示に従いこの「什の誓ひ(掟)」を大声で復唱するのだ。その「什の掟」とは以下のとおり、
一、 年長者の言うことには背いてはなりませぬ
一、 年長者にはお辞儀をしなければなりませぬ
一、 虚言(ウソ)を言う事はなりませぬ
一、 卑怯な振る舞いをしてはなりませぬ
一、 弱いものをいじめてはなりませぬ
一、 戸外でモノを食べてはなりませぬ
一、 戸外で婦人と言葉を交わしてはなりませぬ
ならぬ事はならぬものです
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