中国出張に思う
 3年前、初めての広州出張で、空港から市内に向かうタクシーに乗った。すると、東南アジアを思わせる樹木が並ぶ、ハイウエー沿いの風景を眺めていた私の目の前を、何かが猛烈なスピードで通り過ぎた。前の車の窓から捨てられた飲み物の空きカンだった。タクシー運転手は何もなかったように運転を続けていた。言葉の話せない私は、何も質問できないまま、ホテルに着いた。

広州の空はいつも鉛色
 見上げると鉛色の空。太陽の位置だけが、気持ち、ほの白くギラついていた。年中出張に来ている日本の営業マンに聞くと、大気汚染のため、お正月など以外は、いつ来てもこんな空らしい。現地の子供が描く空の色は、ネズミ色に塗られているそうだ。

化学物質入りの玉子
 翌朝は、日本語の話せる中国人スタッフと、ホテルのビュッフェでバイキングの朝食をとった。どこの国のビジネスホテルにもあるスタイルで、私は安心した。コーナーでコックが、好みの具材を加えて、注文に応じて玉子を調理してくれていた。私はマッシュルーム入りでスクランブルエッグを注文した。それと、山盛りに乗せた大皿を持ってテーブルに帰ってくると、中国人スタッフが先に食べ始めながら、現地の新聞を広げて読んでいた。
 見るとはなしに彼の新聞をのぞき見ると、何やら写真が載っていて、多くの人々が、地面に大きく掘った穴に、何か白いものを投げいれていた。「化学物質入りの玉子に怒ったこの辺の消費者が、玉子を投げ捨てている写真ですよ」とのこと。ここのホテルの玉子は大丈夫か、と聞いたが、返事はなかった。かわりに「野菜、果物も同じです。ほら、あなたがデザートに取ってきたそのスイカ。種がなく、色が妙に白っぽいでしょう。薬で無理やり育てているんです」。
 朝食後、その日は弁護士や会計士との打ち合わせのため、市内を歩き回ることとなった。驚いたことに、街路のいたるところを人が横断していた。

青でも怖い横断歩道
 信号が赤の所も、信号機自体がない所も、走って渡ると車が反応できず、ハネてしまうので、ゆっくりと歩くのがコツだ、と教えられたが、荒々しく運転される車の間で、とてもできる芸当ではない。横断歩道で、青信号を待って渡る人は、歩行者のせいぜい3割くらいだったろうか。逆に、横断歩道を青信号で渡っていた私は、信号とは関係なく、日本と逆方向から突っ込んでくるオートバイにカバンをかすられてしまった。「ナニ、ボンヤリシテルノヨ!」私は、一緒にいた、うちの中国人の女性スタッフに叱られてしまった。
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 その日の夜、うちの中国人スタッフと話しをしながら、今までの出来事をぼやいた。すると、彼ら自身も、モラルがなかったり、環境のことを考えない自国の人々のことを恥ずかしく思っており、自ら戒めているとのこと。誰かが、「要は、見つからなければ何をやってもいい、警察に捕まらなければいい、と考えている人が多いんですよ」と言っていた。「誰も、これでいいとは思っていません。でも、今生きていくためには、現状を受け入れるしかないんです。汚染された食べ物は誰も食べたくない。わが子に食べさせたくない。しかし、10年後に病気になるとしても、今生きるには食べるしかないんです」と言われ、安易な中国批判を反省した。
 心の中に、何か大切なものをなくしたときに「見つからなければいい。捕まらなければいい」という社会になってしまうのだろう。帰国後、日本の電車に乗ると、あいかわらず、若者が乗り込んできたお年寄りに見向きもせず、座席に座ったまま携帯メールに夢中になっていた。日本はこれからどんな道に進んでいくのか。私たち日本人の心の中にある大切なものを、今こそ見つめ直し、まず私たち国民が立派に変わっていくことが、いつか隣の大きな国にも良い感化を与えていけるのではないだろうか。