アメリカ北西部で生活していて私がとても良いと思うことは、自然が身近にあることです。
 子育てにはパラダイスで、夏はイチゴやブルーベリー狩り、公園はすべて無料でバーベキューやピクニック、テニス、ビーチバレーができ、湖のほとりで無料のコンサートも開催されます。ハイキングコースは無数にあります。
 自然に囲まれていても、車で15分行けば都会ですが、混雑はないので、公共の場で、体がぶつかるなどの不快なこともありません。
 そのせいか人にも余裕があります。我先にという状況にはならないため、ドアは開けておいてくれる、顔が会えば笑顔か挨拶をする、人が困っていれば声を掛け合って助ける、といった具合です。
 日本でも厳しくなってきた分煙活動も、すでに当たり前になっているため、屋内でたばこの煙をかぐことはないですし、ビルの入り口付近で一斉に喫煙している軍団の煙もありません。
 私が娘を妊娠していたときは東京に住んでいました。その時身にしみて感じたことは、公共マナーの意識が乏しいということでした。

いたわりの心が乏しい
 電車で優先席はすでに若くて健康な人たちに埋められ、前に立っても寝た振りをして譲ってくれる人が少ない、駅のエレベーターもまずは身体に不自由がある人、高齢者、妊婦、赤ちゃん連れの人という優先順位が守られていないことが少なくありませんでした。
 子供が生まれベビーカーを押していても道ですれ違うときに立ち止まって譲ってくれるのは、外国人が圧倒的に多かったです。
 もちろんいろいろな場面で助けてくださる人はたくさんいましたが、日本はこんなに国土が小さく、とくに東京は非常に人が多いのに、なぜこんなに空間の使い方が下手なのかという質問もその通りだと思います。
 東京のデパートでフロア案内図を見ていた時、私の目の前を通った人がいました。子供をかかえている私が、開けたドアを、するっと通って御礼もなければ代わりに開けて待っていることもない。

裏切られる「礼儀正しい日本人」
 海外では、日本は家族中心で尊敬の心をもって礼儀正しい国民だと教科書で習って来てみたら、全然違っていました。と言われたことがあります。
 そして分析されるのには、日本では自分に直接関係する人間関係や上下関係を重んじ慎重に行動する代わりに、公共での振る舞いについてはあまり意識がない、教育されていないということです。
 多少は自分の国と比較するときに感じ方に誤差はあると思います。順番も守らない国から来た人は日本はきちっとしているといい、また短期間の観光で親切にされた人や、外国人だからと電車で席を譲ってもらった人が日本人は親切だといいます。

人間が助け合う互助の精神は家庭で養うべきこと
 公共マナーの向上運動はあちこちに見られますが、まずは人間が助け合う、互助精神についてもっと深い教育を家庭で行うべきだと思います。
 人は自分だけでは生きられない、助け合って生きていかなくてはいけない。
 そういう根本の精神は国や文化の違いを超えた、人間の基本精神だと思うのです。(アメリカとはいえ、地域により土地柄と文化はそれぞれ違いますので日本対アメリカの比較ではありません)