広島の原爆を題材にした芝居を見て
 7月下旬に広島の原爆を題材にした芝居を見た。
 昭和20年8月6日の原爆が投下される日までの、戦時下の市民の生活が実に見事に演じられていた。
 作者は、広島県出身の若手女優。主演はIZAM(イザム)と石川梨華。
 登場人物は、東京から広島に疎開してきた貴族の坊ちゃんと執事、兵隊の慰問を続けている歌手、憲兵隊の兄とその妹、障害を持つ弟と夫の間で悩みつつ奮闘する妻、空襲で両親や兄弟を亡くし歓楽街で生計を立てている女性、特攻隊員の弟に手紙を送る姉と若い特攻隊員たち等々。

何十万という人々の日常の生活が一瞬で奪われた
 それぞれの日常がよく描かれていた。食べるものにも事欠く、苦しく貧しい生活の中にも、互いに助け合い励ましあって精いっぱい生きていた何十万という人のそれぞれの生活があったのだ。
 しかし、8月6日午前8時15分、B29から落下された原子爆弾によって、人も建物も、いとも簡単に、しかも一瞬にして奪い取られた。
 作者は被爆体験をしていないが、以下のように語っていた。
 「死者14万人のうちの一人ではなくて、誰かの大切な誰かであったということ。ボロボロに焼け焦げたもんぺは、資料ではなく遺品であったということ」と述べている。
 さらに、鹿児島の知覧から特攻として飛び立ったまだ若い青年将校の姿にも心を打たれた。国や愛する家族の為に自らの命を捧げようとする青年隊員のりりしさ、たくましさ、礼儀正しさ。
 その特攻隊員の姿に、なぜか今時の青年にはなかなか見かけない清々しさを感じるのは私だけだろうか。
 以前、知覧の特攻記念館で特攻隊員の遺書を拝見する機会に恵まれたが、その時の感動が蘇り、涙を禁じえなかった。

かけがえのない時間と空間を再認識する機会に
 戦後65年。戦争を知らない、飽食の時代に育った私どもにとって、毎日当たり前に過ごしていること、たとえば家族が一緒に食卓を囲んで、日常のたわいもないことを語りあっていることが、実は当たり前でなく、かけがえのない時間と空間であることを再認識する貴重な機会となった。