ロスでうまくやっていくツボ
人種ではなく人間性で判断すること
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 バンコクと、ロサンゼルスの日系社会の比較論の二回目である。今回は日系スーパーで働く、日本人以外の人たちの違いについてである。
 バンコクの日系スーパーで働く人たちは、当然のように「タイ人」である。タイ人の気質を抑えておけば、仕事がスムーズにいきやすくなる。タイ人のボス一人と、意気投合することさえできれば、彼がすべての部下をコントロールしてくれるので、とても管理しやすくなる。
 タイ人は、年長者や役職が上の人間に対して、きちんと敬意を払うことが美徳とされているようで、日本人としては分かりやすい。さらに、タイ人には日本びいきの人が多く、日本人にとっては誠に仕事をしやすい。
 この感覚で、ロサンゼルスに行ってみたのだか、同じ方法論は通用しなかった。ロサンゼルスの日系スーパーは、日本人とラティーノ(ラテンアメリカ系)の混成部隊である。
 とりあえず、私はラティーノだけの部下がいるというポジションについたのが、仕事をはじめたばかりの状況だった。
 そこで、タイの時と同じように、ラティーノ同士で責任者という立場の人間を見極めて、これに他の人をコントロールさせようとしたが、できなかった。
 一つには、ラティーノといっても、メキシコ人、サルヴァドール人、グアテマラ人、ペルー人といったように、多国籍の人が働いているということもあり、まして、アメリカは自分の国ではないということがあげられよう。
 彼らは、トップのボスとつながる、というか、給与をコントロールしている人の言うことを聞く、ということも背景にあったと思う。
 ラティーノの多くは、日本の文化が好きだから、という理由で仕事をしているのではなく、「生活のため」「生きるため」に日系スーパー勤務を選んだ人がほとんどで、ゆえに「英語ができない」メキシカンでも、一生懸命働く人は、それなりに評価されて仕事が継続できるようだ。
 さらに、数は少ないが、台湾人、中国人、タイ人、韓国人、白人までもいる職場では、着任早々の中間管理職は、なかなか彼らをコントロールすることが難しいとも言える。
 多国人を一つの方向に向かわせるというのは、時間とか、仕事の流れとかいうものの比重が大きくなると思われる。
 私の勤務する会社の場合、社長が日本人であるので、日本語でコミュニケーションを取れる人間が、やはりどうしても優遇される。
 しかし、なんとかその壁を取り払って、できる人間には上に行ってもらいたい、と思うのも、また日本人であろう。
 先日も、メキシコ人で初めて、エグザンプト社員(日本で言う、月給労働者)が誕生して、自分のことのように喜んでいる日本人の同僚を見て、私までうれしくなってしまった。
 もちろん、逆もあるだろう。ラティーノの会社で働く日本人というのもいるだろうし、韓国人オーナーの寿司屋で働く、日本人寿司職人という人もよく聞く。
 私の知り合いには、タイレストランで働く日本人シェフという人がいるのだが、彼の場合も、タイ人オーナーに敬意を払われていて、彼自身、とても居心地がいいようなのである。
 やはり最終的には「人種」ではなく、「人間性」で物事を判断できるような自分でありたいと思っているし、それこそが他民族社会のロサンゼルスでうまくやっていく「ツボ」なのだと思った。