初めて会った人に年齢、職業、地位は聞かない
今回は新しい出会いにちなんだしぐさをご紹介したいと思います。
現代に生きる私たちは、初めて人に会ったとき、その人の何を見るでしょうか。それは、もちろん人それぞれ違うと思いますが、案外多いと思われるのが、その人の「ひととなり」すなわち人間性を見るのではなく、その人の持っている地位や職業などでその人を見てしまうということです。

地位や職業というのはその人自身ではなくその人の持っている「付属品」です。付属品は必要といえば必要ですが、何よりも大切なのは「本体」です。その人自身が素晴らしい人間であって初めてその人の付属品も評価されるべきではないでしょうか。

江戸しぐさには「三脱の教え」というものがあります。江戸の人々は、初めて人に会った時、その人の年齢・職業・地位を聞くことはありませんでした。なぜなら、それらのことを聞くことによってその人に対する先入観が生まれてしまうからです。
江戸時代は身分制度が厳然と存在していましたが、どんな地位や職業にあっても江戸の人々は人との付き合いの上では同じ人間として対等にお互いを尊重しあって日々を過ごしていたのです。

どんな人にも失礼のないものの言い方をしました。性別や地位、年齢、財力の有無などによって話し方を変える人は、「井の中の蛙(井中っぺい)」と言われたそうです。
また、江戸では「人間」と書いて「じんかん」と呼ばせました。人と人にはよい間合い(関係)が必要だということです。人との付き合いをスムースに保っていくには、対等に互角の付き合いが基本だと考えました。

最近は、巷で「セレブ」という言葉をよく耳にします。
日本では、そのように呼ばれる人々のことをただ単に、地位、名誉、財力などがあり、豊かに贅沢に暮らしているという印象でしか見ていないように思います。
しかし、一歩、海の外に出てみると、そこで「セレブ」と呼ばれている人々は、ボランティアやチャリティ活動を通して地域社会や世界に貢献して初めて「セレブ」と認められるということです。

このような考え方はできて当たり前ではあっても、現代に生きる私たちがどれだけ実生活で心得、実行できるかというと少し考え込んでしまう感がありますが、人と接する時、心の中で目を閉じてその人の付属品をすべて取り払い、その人自身を見るとき、私たちはその人の本来の姿、人間性が見えてくるのではないでしょうか。