奇蹟の体験者たち

神霊教で奇蹟を体験した方々を紹介するBlog

日本のこころ

聖帝・昭和天皇3

国家と国民のことを第一に

昭和天皇は、先帝大正天皇の御健康が優れなかったため、大正10年11月25日に20歳で摂政に就任され、摂政宮と称されました。
大正15年12月25日、大正天皇の崩御を受けて践祚され、第124代天皇となられ、元号は昭和と改められました。

以後、国事多端の時代が始まり終戦まで続きました。昭和の初期から軍部が台頭し、満州事変(昭和6年)、支那事変(昭和12年〜)と大陸では戦火が拡大し、国内ではテロが相次ぎ、独・伊に台頭したファシズムが力を得ると、我が国の指導者層もこれに幻惑されて進路を見失い、日独伊三国同盟問題(昭和14年〜)などが起こりました。 続きを読む

太平洋の架け橋 −新渡戸稲造−

ある都内の公立小学校の公開授業で「郷土愛・愛国心」をテーマとした道徳の授業が行われた。こういうテーマが取り上げられ、授業が公開されることは大変良いことである。また、これを実現するためには校長先生をはじめ先生方がひとつになって取り組まないとできないことであろう。


低学年では、身近なテーマ、たとえばお祭り、日本の自然、ふろしきなどを取り上げて、日本人としての自覚、日本の伝統文化の良い点を気付かせる授業が行われた。
高学年では、歴史上の人物を取り上げて授業が行われた。五年生では岡倉天心。六年生では新渡戸稲造。
岡倉天心は日本の伝統美術の優れた価値を認め、海外への流失を防ぎ、近代日本美術の発展に大きな功績を残した人物である。こうした先人の努力を知り、自分の郷土や国を愛そうとする心情を育てる授業が行われた。

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親日国・トルコ共和国

都内の公立小学校内にはトルコ共和国の国際交流学級があり、トルコの子供たちが学んでいる。

トルコ共和国は西アジアに位置し、日本から1万キロも離れていてあまり日本人にとってなじみは薄いようであるが大の親日国である。

一昨年に話が持ち上がり、校長先生をはじめ関係者が努力をされて、去年の4月に開校の運びとなった。
開校に当たって校長先生たちが考えたのは、休み時間を日本の子供たちと一緒に過ごすことであった。遊びに国境はない。しばらくすると一緒にドッジボールをやったり、かけっこをしたり、自然と遊ぶようになった。その後は先生同士の交流も生まれ、今度はPTA同士の交流も行われるという。

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聖帝・昭和天皇2

迫水久常参議院議員(当時)の講演から

戦後、陛下がアメリカ大使公邸をご訪問
会見後、マッカーサーの態度が一変する

陛下について、私はさらに感銘していることがございます。
それは昭和20年の9月27日、天皇陛下がマッカーサー元師を御訪問なさったときのことであります。
そのとき、マッカーサー元師は、まことに無礼にも陛下をお出迎えしませんでした。自分の部屋に、陛下を導いてそこで陛下と会見しました。
天皇陛下は握手しようと手をおさしのべになりましたが、マッカーサー元師は、その御手を受けようとしないで、手を後ろに組んだまま、傲然(ごうぜん)と陛下を見おろしたのです。 続きを読む

聖帝・昭和天皇1

迫水久常参議院議員(当時)の講演から

大東亜戦争終結の大英断

神霊教の大塚先生が日本精神復興のために、非常なご熱意をもって、活躍なされていることに対し、私は心から敬服いたしております。とともに、できるだけのお手伝いをさせていただきたいと考えております。

私は日本精神のことを考えるたびに、常に思い出し、涙が溢れてならないことがあります。と申しますのは、昭和20年8月15日、大東亜戦争が終結するときのことです。 続きを読む